兵庫県の播但(ばんたん)地区には11の福音ルーテル教会があります。年に一度、各教会の女性信徒を対象にした「播但地区女性のつどい」が開かれます。

開催は11の教会が順番に担当します。毎回80名ほどが集まります。

今年度は加東市の社(やしろ)福音ルーテル教会が担当してくださいました。

小宮山愛爾(こみやま あいじ)先生は、神戸ルーテル神学校のM.Div(神学修士)課程を終え、北鈴蘭台福音ルーテル教会で6年間働かれたあと、アメリカ インディアナ州の神学校でS.T.M(神学修士)を取得。現在はミズーリ州の神学校に所属、Ph.D(博士)論文を執筆中です。2年前よりカナン福音ルーテル教会で牧師として、神戸ルーテル神学校では教務、講師として働いておられます。

今回のテーマについて、小宮山先生は次のように書かれています。

「敬虔主義ルター派として西日本福音ルーテル教会が大切にしてきた『一人ひとりが聖書と向き合う姿勢』を見つめ直し、これから大事にしていくことを一度立ち止まって考えます。聖書の向き合い方と、自分の信仰の歩み方をご一緒に考える時間になれば幸いです」

講演では、釈義的(Exegetical)な読み方とデボーション的(Devotional)な読み方の違いについて、聖書と読者の間にある矢印は一方向ではなく、双方向であること、「みことばに聴く」とはどういうことか、などを詳しく教えてくださいました。

イエスさまが示された聖書の読み方として、新約聖書 ルカによる福音書24章27節と44節、ヨハネによる福音書5章39節が紹介されました。

以下はあお教会からの参加者からの感想(一部)です。

・みことば(聖書のことば)は互いにリンクしていることがよくわかった。

・歴史的背景を知る必要がわかった。背景を知らずに聖書を読むとわからないことがある。わからないまま通り過ぎてしまう箇所がある。通り過ぎたことさえ気づかない。

・これまでは、聖書を読むたびに、その箇所から自分に語られていることは何かと探っていたが、無理やり自分に当てはめようとしなくてもよいのだとわかった。

・聖書をグループで読んで感じたことや教えられたことを分かち合う大切さを学んだ。長年、知人のクリスチャンと聖書を読む会を行っているが、確かに、一人で読んでいるときには気づかないことが示される。

貴重な学びの会となりました。

社教会の皆様、ご準備をありがとうございました。お茶とお菓子の詰め合わせも嬉しくいただきました。

皆様の上に神さまの豊かな祝福をお祈りいたします。

次回は、あお教会の担当です。ちょうど1年後の6月に小野市にて開催を予定しています。

多くの方のご参加をお待ちしています。