毎月、第二日曜日の礼拝では、「証し(あかし)」の時間があります。

「証し」とは、自分がいただいた神様の恵みを他の人たちに伝えることです。

2月8日の礼拝では、女性の信徒の方が語ってくださいました。

クリスチャンになった最初のきっかけは、東京での大学時代、下宿先の本棚にあった三浦綾子の「塩狩峠」でした。

帰郷後、変わりゆく世の中で変わらないものは何だろうと考え、人生の空しさと向き合います。

やがて、ルーテル教会が民家で行っていた集会に参加するようになります。

遠藤周作の「沈黙」を読み、さまざまな疑問をノルウェー出身の宣教師に投げかけます。日本語で一生懸命、真実を語ろうとする宣教師のひたむきさに感銘を受けたそうです。

その後、親戚の方々に起こったつらい出来事から、障害のある子どもたちへの思いがつのり、それまで勤めていた小学校から 特別支援学校へと転勤願いを出されました。洗礼はご主人と一緒に受けられました。

近年、ガンの闘病中、「大丈夫、大丈夫」、「医者にまかせればいい」という励ましの言葉がとても空しく聞こえ、むしろ「悩むだけ悩んだらいい」という言葉が慰めとなったそうです。

息子さん方とも、よくお祈りされるそうです。

「ふりかえると、いつもみことば(聖書の言葉)と共に支援がありました」、「家族と共に祈り合える幸いを感謝しています」とおっしゃり、旧約聖書 詩篇37編23-24節を朗読されました。

「主によって 人の歩みは確かにされる。

主はその人の道を喜ばれる。

その人は転んでも 倒れ伏すことはない。

主が その人の腕を支えておられるからだ。」