クリスマス礼拝の中では「証し(あかし)」の時間がありました。
神さまからいただいた恵み、信仰の歩みを他の人に伝えることをキリスト教では「証し」と呼びます。
このたびは女性の信徒が証しをしてくださいました。
「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」ということわざがあるが、自分は名を残すようなことはできないのではないか。人生はむなしいのではないか、と若い頃、考えあぐねておられたそうです。
教会に行き始め、聖書を学んでいるうち、「神に会いたい、神に触れたい」という切望が湧き出ました。「ヨブのように心の底から神と対話をしたい」。
ある日、心の中で「天のお父さま」と呼びかけたとき、突然、雷に打たれたように「神は、いる!」と確信したそうです。
「この目で見なくても神はおられる」と思えるようになったこの日を、この方は日付まで覚えておられました。29歳のときだったそうです。
そして2カ月後、洗礼をお受けになりました。
聖書には『私(神)はあなたの名を読んだ』と書かれています。
「私は名を残すことができなくても、神さまが私の名を覚えていてくださるのだ」
「空しさは喜びと希望に変えられた」
そして、最後に詩篇85篇13 節を朗読されました。
『義は主の御前に先立って行き、主の足跡を道とします』

