第2日曜日の礼拝プログラムには「証し(あかし)」の時間が設けられています。

「証し」とは、自分がいただいた神様の恵みを他の人たちに伝えることです。

今月は女性の方がお話してくださいました。7月に証しをしてくださった方の奥様です。

「たくさんありますが」と前おきをされて、2つのエピソードを語ってくださいました。

ヘルパーとして働いていたとき、上司から「他の事業所が人手不足なので、今の仕事をしつつ、そちらにも支援に行ってほしい」と依頼を受けたそうです。

訪問ヘルパーの仕事は、多岐にわたり、移動にも時間がかかります。疲労がたまる中、ある日、次の訪問先に移動中、一瞬ふわっと空中から地上を見下ろしている感覚があったそうです。

自分が乗った車を含め、下の景色が小さく小さく見えたとたん、それまで抱えていた不安も小さくなり、肩の力が抜けたそうです。「鷲の目をいただいたと思いました。仕事のあり方も教えられました」とその方はおっしゃり、イザヤ書40章31節を読んでくださいました。

「しかし、主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように、翼を広げて上ることができる。走っても力衰えず、歩いても疲れない」 

次のエピソードは、ご主人が心臓発作で倒れられたときのお話でした。礼拝に行く途中、なぜか「心を騒がせてはなりません」というイエス・キリストの言葉(ヨハネの福音書14章1節)が何度も頭の中でリフレインされていたそうです。

「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい」

何かあるのだろうかと気になっていると、2日後の早朝、ご主人が心臓発作で倒れられました。

「心を騒がせてはなりません」の通り、不思議なくらい冷静になり「ヘルパーに専念しよう」と思ったそうです。119に電話をし、かけつけた救急車を自ら誘導し、病院で「処置のため心臓を一時停止させます」と言われたときもお医者さんから「医療関係の方ですか?」と尋ねられるほど落ち着いて対応できたそうです。

間もなく、遠方で看護師をなさっている娘さんが来られ、「もう大丈夫」と思っていたご主人の容体は、実は重篤だったとわかり、命の大切さ、死についてあらためて深く考えたとのことでした。その後、ご主人は回復されました。

体は弱っていくけれど、与えられた命を感謝し、私にできることは何かを考えていきたいと、証しを結ばれました。

この方は、教会の中でも、支えが必要な方々をいつも自然にサポートしておられます。